スジエビ(シラサエビ)の繁殖について考える

孵化からエビになるまでずっと淡水か、はたまた河川に生息するタイプは降海する両側回遊型なのか、議論のわかれるスジエビ君の繁殖についての考察。2003.6月に結論が得られたので追記しました。

2002.5月開始
2003.6月に結論を追記


水槽内でも抱卵が見られるスジエビですが、問題は抱卵後の世話はどうするか?です。

●ゾエアに塩分は必要か? <参考1:テナガエビ科全体とテナガエビ>
淡水に住むテナガエビ科には、いくつかのパターンがあるそうですが、日本の淡水テナガエビの仲間は全て卵から孵化直後はゾエア幼生状態で、その殆どは両側回遊型(発生したゾエアが流されて海に行き、エビになって戻る)です。
ただ、テナガエビ科テナガエビについては両方のタイプが確認されているらしく、川の静水域や湖沼に生息している個体群は「塩分は必要ない」とされ、河川の汽水域に分布するものは「ゾエアの成長には塩分が必要」とされています。<参考2:川エビの代表・ヌマエビ科ヤマトヌマエビ>
このヤマトヌマエビというのは、熱帯魚飼育者にコケ取り用として有名です。
そして最も有名な特徴として「ヤマトヌマエビは淡水性の両側回遊型で卵から孵化直後はゾエア幼生状態のまま海に流され、ゾエアの成長には塩分が必須で、ゾエアは浮遊しながらプランクトンなどを捕食しつつ脱皮を繰り返してエビの形になり着底する。着底後、川に遡上する」という情報があります。<参考3:スジエビの生息場所>
はじめに書いたように スジエビは主に純淡水、たまに薄い汽水でも生息しています。
池・沼・湖・お堀などの閉鎖された環境にも海につながる河川にも見られます。

上記の情報は研究機関関連のHPや甲殻類の図鑑などから比較的簡単に得られます。 しかしながら、私は未だ研究者が発表した「河川に住むスジエビのゾエアは降海する」という情報を読んだ事がありません。
読んだ事があるのは「陸封型」だという事と「淡水でもゾエアは成長可能」という情報だけですが、これらは「どこに生息するスジエビでも」とは書かれておりません。

<陸封型というのは閉鎖水域を指すものではない>
ここで注意したいのは「陸封型」という言葉は必ずしも「閉鎖された場所に生息している型」という意味ではないという事です。
ミナミヌマエビのような河川にも住むものでも「陸封型」と呼ばれます。

<塩分を必要とする根拠が不明確>
人々の意見の中には、閉鎖された水環境以外の河川に住むスジエビは降海タイプ「らしい」という意見を見る事があります。
ただし、出典がさだかでないように思えますし、ゾエア放出型のエビやテナガエビ科テナガエビからの推測ではないだろうか?とも思えます。
海から遡上する稚エビの大群が見られた等の話も今のところ聞きません。

<私の結論>
私自身、未だ詳しい研究論文等を読んでいないのでなんとも断言できない状態ですが、
私としては「塩分はいらない」という仮定のもとに淡水のみで行こうと思います。


●スジエビ、抱卵したら 隔離する・しない?

  A.抱卵エビを孵化寸前の時期に別の水槽に隔離する
    良い点・発生後に親エビを元の水槽に戻せば、ゾエアだけを集中管理できるので楽
         ゾエアだけに弱水流などの変化を与えられる
    悪い点:孵化寸前の時期を見誤る/水質が異なればショックで脱卵や親エビ死亡の可能性あり。
  B.同じ水槽内に隔離用ケース(網でできたもの)を取り付けて抱卵エビを隔離する
    良い点・水質に変化がないため早めに抱卵エビを隔離してもショックを起こしにくい
         発生後に親エビを隔離ケースから出せば、ゾエアを集中管理できるので楽
    悪い点:水がよどみやすい。網なので中が見づらい
  C.親と同じ水槽でそのまま発生を見守る>ゾエアが餌を食べているかどうか確認しがたい
    良い点:親エビが死亡したり脱卵しにくい。水通しが良い。
    悪い点:給餌しにくい。ゾエアが餌を食べているか、脱皮や死亡などが確認しがたい

<私の結論>これを踏まえて ケースバイケース、、、 抱卵個体が数匹いるなら何パターン試したい


●ゾエア幼生期の餌は?
生まれたばかりのゾエア幼生は 小さすぎて普通の餌がとれない。微細なプランクトンが必要。
入手可能な動物性プランクトン:ブラインシュリンプのノープリウス
                   (熱帯魚店で売っている乾燥卵を自宅で孵化させて与える)
                   その他の微生物(ミジンコの幼生やワムシなど。作り方は後に記載)
入手可能な植物性プランクトン:クロレラ粉末(あまり食いがよくないとも聞く)
                   アオコなど(自家繁殖。繁殖方法は次に記載)
微生物の作り方と与え方
作り方:水槽の水換え時に出る「古い水」と汚れた水草を透明ケースに入れて日光のあたる場所に放置しておく。 うまくいくと数日~数週間で「青水」と呼ばれるアオコ(植物プランクトン)が発生。
青水にならなかった場合も、なんらかの動物性プランクトンぐらいは発生します。

与え方:濃そうな所(水面など)をスポイトで吸って、ゾエアのいる所に垂らして与える。
※ただの水道水では 微生物はなかなか発生しない。古い水槽水は微生物発生と繁殖のための栄養。
※イマイチ増えないなあ?と思ったら ドライイースト(スーパーで売ってる。パンをつくる酵母)を買ってきて、ごく少量を水に入れてください(微生物の餌になります)。


●幼生のいる水槽に水流やエアーはどうする?
遊泳力が弱いゾエアのために、隔離ケースにしても 別水槽にしても、水流が弱くなるように工夫する。
別水槽ならエアレーションを弱くしたいが、酸欠させないように注意が必要。


●淡水でいいとするなら なぜゾエアは発生して数日で死ぬのか

水槽内でゾエアが発生したものの、育ったという話はついぞ聞かない。これはどうしてなのか、塩分以外の理由を考えてみます。 理由が塩分でないとするなら、やはり餌ではないかと思われるのです。
水槽内には彼らの口にあう食べ物が無いかとても少ないです。
人間が与えなければ、育たないのではないでしょうか。
水槽という狭い環境の中に 少しばかりの動物性プランクトンや植物性プランクトンがあっても、100~数千のゾエアたちが成長するのに必要なだけの量ではないのが決定的な原因じゃないのかと 私は考えています。つまり 学校のカメ池とか 学校の使ってないプールとか 露天のビオトープとか そういう大きい場所なら 自然発生の微生物も豊富で、スジエビのゾエアは放っておいても育つのでは?と思うのです。もちろん家庭にそんなものがあるわけはないので、水槽内で餌をいかにうまく補ってやるかが育つ・育たないのポイントじゃないかなあと 考えるわけです。


●結論。スジエビはゾエア期間も含めて一生涯淡水で育ちます 2003.06.30追記

そして資料も見つからないまま1年たった先日、色々ワケあって水産大学校で甲殻類研究をなさっている農学博士の浜野龍夫助教授にスジエビについて実際のところを問い合わせてみました。

Q・私としては、スジエビは住む場所にかかわらず陸封型であり、非通し回遊だと思っておりますが、その場合 スジエビのゾエアが海に流されない理由は? また、海に流された場合、ゾエアは死ぬのでしょうか?

すると以下のような結論を聞かせていただくことができました。

・スジエビの生息域について
「スジエビ」は陸封性で,ゾエア幼生は淡水中で育つ。
■日本の淡水域にいるスジエビの仲間は「スジエビ」Palaemon paucidens)1種のみ。
※大河川には河口域に低塩分の場所が安定して形成されることがある。そのような場所では淡水のスジエビも海産のスジエビ近縁種も生き残るだろう。(同所でスジエビとその近縁種が採集される可能性がある)

・ゾエアが海に流されない理由について

■川であっても,スジエビのいる場所や川は,流れのゆるやかな所だったり,海まで距離がある場所だったりするため、ゾエアは流されにくい。
■非通し回遊型(陸封型)のエビは大きな卵であり、卵から大きく発育の進んだ幼生がふ化するため、幼生期間も短く海まで流れ下りにくくなっている。ミナミヌマエビやショキタテナガエビも同様に卵が大きい。
それに対し、通し回遊型のエビ(スジエビ近縁種やヤマトヌマエビなど)は卵が小さく、卵から小さく発育の進んでいない幼生がふ化し、幼生期も長いので,海まで流れ下る。

※陸封性の種類でも、川を下り 川下や湖に入って稚エビになり 再び川を遡上するのは普通のこと。

・海まで流された場合、どうなるか?について
■海まで流されたゾエアは高塩分では死滅するだろう(そのような無駄は生物にはたくさんある)。

・なぜスジエビが通し回遊性だという誤った情報が流れていると思うか?

海や汽水にはスジエビの近縁種(注1)がたくさんいる。
これらの幼生や稚エビは実体顕微鏡を使わずに肉眼で判別することが不可能で、テナガエビ類の稚エビとスジエビの稚エビを野外で区別ができる人はほとんどいない。
そのため、それら近縁種と「スジエビ」は,混同されて扱われている可能性がある。

(注1)スジエビの近縁種:スジエビモドキ,ユビナガスジエビ,アシナガスジエビ,イソスジエビなど

・スジエビの塩分耐性について
元々祖先 は海から川へ進出して来たものなので、本種自体にも本種の幼生にも,塩分耐性が多少はあると思われる。
スジエビの本来の生息場は淡水域であり、汽水域上限附近は分布の縁辺部だと考えている。
塩分濃度によってはゾエア幼生を経て稚エビに変態できる個体もいるとは思うが、100%海水では無理だと思う。
ヤマトヌマエビなどの通し回遊性エビ類にとっては幼生が育つのに塩分が絶対条件だが、スジエビはそうではない。
なお、テナガエビ(Macrobrachium nipponense)では塩分耐性がずいぶん残っており、多少塩分があった方が幼生の生残率は良いとのこと。
 通し回遊性(この回遊もいくつかに分類されるが,エビはその中の両側回遊性) か非通し回遊性かは、幼生が淡水のみで発育できるかどうかが分別点となる。
浜野龍夫助教授<博士(農学)> 独立行政法人 水産大学校 生物生産学科
ヤマトヌマエビの幼生発生に塩分が必要である事を発見し、論文で発表した方です。
水産大学校の水産無脊椎動物研究室ウェブサイト「LAIZ」は確たる裏打ちのある情報が濃いので、普段アクア系サイトをたくさん読んでる情報通の方もLAIZの「研究室トピックス」は必読ですよ。